Norataroのブログ

何となく思ったこととか、毎日の出来事とか、そんな感じ

目の悪い者同士だから。 

バス停を案内したら、菓子をもらった話

 

病院で目の検査をした帰り、無料のシャトルバスを降りて駅前で弁当を買って歩いていると、知らないおばさんに声をかけられた。

「交番はどこですか」

 

目の前にKOBANて書いてあるじゃん。と思ったけど、目が悪くて、と言われたら仕方がない。私も目の検査をしたばかりで、その人の白く濁った目が他人事とは思えず、こっちこっち、と交番前まで連れて行った。30秒の道案内。

 

交番には誰もいなかった。巡回にでも出ているのだろう。警察に用事がある人はこちらから連絡をしてくれ、と交番の外側、ドアの脇の金属の箱に張り紙がしてある。その中に通話用の受話器か何かが入っているのだろう。

この白い箱を気軽に開けるのは、私には無理だ。心の中に高いハードルがそびえたつ。

 

「川沿いで桜がきれいだってニュースで聞きました。どのくらい遠いですか?」

桜祭り、確かに先週テレビでやっていた。川はあっちだけど、歩いて20分くらいかなあ。

「では、バスはどこから乗ればいいですか」

思わず交番を振り返った。

 

こんな緊急通報用の電車を止める装置みたいな、命の危険があるときに使ってくださいって機械みたいな箱を開けて、お巡りさん、今交番前にいるのですが、バス停はどこですか、なんて聞けやしない。心の中でハードルがぐしゃっと潰れて(イメージ)、ドアがぴしゃりと閉まって(イメージ)、交番が見えなくなった(イメージ)。

 

なぜなら、目の前のローターリーの向こうの方に、バス停がいくつかあるのを知っているから。

目が良ければここからバス亭の標識が見えるはずだ。その向こうの通りにバスは出ていくのだ。だが私には標識は見えず、その辺りに人が集まっているくらいのことしか分からない。この人にはもっと分からないだろう。何なら駅の反対側にもいくつかバス停がある。あー、うー、と、口がもごもごするが、うまく説明ができない。

 

しょうがない。付いて来い。と先立って歩き始めた。ぐるっと駅前ロータリーを回っていくだけだ。一、二分の案内が追加されただけ。

 

そして、どうにかバス停に案内でき、そのおばさんがうろ覚えで覚えていた停留所名をルート表に見つけ、そこを通るらしきルート名を告げることができた。

「バスに乗るときに運転手さんに桜が見たいって言いなよ。」

多分降りるように声をかけてくれるから、と言って帰ろうとしたら、桜を見ながら食べようと思っていたという菓子を二つ分けてくれた。二つなのは多分、私が二人分の弁当を持っていたからだろう。

 

まだ桜にたどり着いてないじゃん、向こうからこっちに来ただけじゃん、場所なんか全然わかんないし、と断ろうとしたら、「こういうのは気持ちだから」と手に押し付けられてそのままもらってしまった。人の距離が近すぎていたたまれなかった田舎に住んでいた昔によく聞いたセリフだ。いつも私は断れなかった。そして今も断り切れなかった。

 

戻りがけに、交番に警官が入っていくのを見たが、何やらものものしい様子だったので、そのまま通り過ぎた。何か事件でもあったのかも知れない。と、心の中で「花見に行けるバスはどれですか」と聞きに行かない理由を作る。

 

家に戻って旦那にその話をすると、そこからなら病院行きの無料バスでも行けた、聞いた相手が悪かったな、歩いた方がバスより迷わないのでは、などなどとのたまう。私に対するひどい意見が、しれっと混じっていた。反論できない。

 

ちなみに私はすぐ道に迷うので普段は決まった場所しか出歩かない。その結果、ますます道を知らずに日常を過ごしている。川沿いで花見も何度も行ったことがあるが、たいてい誰かの後ろを歩いていたので、人を案内することはできない。

 

旦那の弁当を持ったまま一緒にバスに乗って、道を探しながらうろうろして、全然知らないおばさんと花見をすれば良かった、と舌打ちしたのは旦那には内緒だ。

 

お菓子は固いパイのような菓子で、さくさくとおいしかった。道分かんないでごめんね、ってちょっと思った。